政治家から大人について考える
安部内閣になってからの、9ヶ月で3人も閣僚が辞任したことを、「任命した安部氏の力量や如何?」と、見るのは短絡的なのかな?
どうしようもない大人が安部さんを取り囲んで、身動き取れなくしたかもしれないな、と思い。
でも、政治家に不満があるけど、それを選んでんのは有権者だからな・・・といつもそこに落ち着く自分としては、やっぱり、閣僚を選んだ側である安部氏を批判したくなる。
でも9ヶ月で辞任は・・・なにもできんか。
阿部首相辞任、ではなく、阿部首相は在任で、内閣を一新してみる。
ってのはできないんかなあ。
もう一度チャンスをあげるから、なんとかして見せてよ、この不信感を。
という気持ち。
なにはともあれ、アホな大人が多い国ですよね、ここは。
どうしてかなあ。
「大人の事情」を盾に、誠実であること、正直であること、感覚を謙虚に保つこと、をあきらめていくからか。
それから、単一民族だから、「人それぞれ、がある」ということをやはり無視しがちなんだろうな。
「みんな自分と、自分の周りと似たようなもんだろう」と思いながらやってんだろうな。
私はそんな大人にはならない。
絶対なりたくない。
「大人だから誤魔化しがきく」、ような大人にはなりたくない。
誤魔化しがきかない大人に、私たちの世代はなっていこうよ。
この先たとえ、権力やお金を手にしたとしても、勘違いしないで生きていこうよ。
・一番強いのは自然、自分ではない
・世の中は自分とその周りみたいな層以外の人がたくさんいる、そういういろんな違う人とともに生きていける日本の世の中をつくる
・世界は日本だけじゃないし、国際社会だけでもない
この3つくらいかな、勘違いしたくないのは。
最近、この国で大人にならんきゃいけないことが、いやだなあ、と感じてしまう私です。
昔はそうでもなかったのにな。
だからといって諸外国で暮らしたことはないので、そうしたいのかはわからないんだけど。
でも、身近な友人や、テレビに映るモノ・人、それを見て喜ぶ大人・・・そういうものを見てはちょっとため息をつきたくなったり。
もっと広い見識と自由な発想と理性的な目を持って、でも感情も大事にする、そういう大人がいっぱいいるところに行きたい。
そうか、これは日本だから、ではないのかもしれない。
私の周りが、そう見えるだけ、かも。
じゃあそうじゃないところを探せばいいんだな。
全員私が期待するような大人じゃなくていいから、半分くらいはそうであるような・・・
見てて「ああこういう風になりたい」と思える人がいてほしいよ、働く場所には。
食べていくには絶対働かなきゃいけないので(株とかギャンブルとかアートで生計を立てる気はないので)、
今の学校生活がそのまま「働いてる時間」に置き換わるなら、過ごす周りの人を選びたいんだよね。。。
でもそれは驕りなのかな・・・
でも「ないわー」って思う人とか、自分を違う層の人ともかかわる機会がなきゃ、勘違いしていっちゃうから半分くらいでいいんだよ、「いいね」って思う人は。
って、なんか言い草が驕ってるな・・・
そういうこと考えて、就職先を見極めたいんだよな。
あと働き方も考えて。
月1回しか休みがないとか、いやです。
休みがあっても帰宅がいつも23時以降とか、いやです。
完全な実力主義も、いやです。体育会系以外でそれやるとぎすぎすする気が。。。
そういうのを見極める練習だと思って就活しよう。と今おもった。
午後のテストに向けて勉強再開。