おそれいりますが。

「思想しつつ生活しつつ」。日日是好日。life goes on. 晴れ時々涙。

呑み会について思考

よし、がんばった。

疲れている彼氏くんに、会いたいとか言ってダダこねませんでした。

よしがんばった。

そのあとちょっと気分が下がったのを、おいしいものを食べることで回復と言う、ダイエット中の禁じ手使ってしまったけど、そのあとは時間無駄にせんかったよ。

よしがんばった。

小さいことだけどがんばった。



さて、この間から呑み会続きにて思うこと。


ある年齢以上の精神年齢に達した男の人たちの中で、ある種の男の人というのは、

呑み会の席に「女の子」がいる、ということだけでテンションがあがるようである。


考えてみりゃ当たり前だよね。

だってそうじゃなきゃキャバクラとかクラブとかスナックという「きれいなおねえさんのいる飲み屋」という営業形態が儲かるはずないもんねえ。


しかしすごく不思議。

だって女は男がいることでテンションあがるか?

むしろ隣の女と自分の女度を競わされている気がして落ち着かないけどなw

という私はひねくれもの?


なぜなのだろう、と考えてみた。

まあ多分ぬいぐるみと同じなんだよ。

かわいいものがそばにあると気分がいい。

そういう感じで、なんかふわふわしてて、いいにおいがして、いわゆる「かわいい」空気が漂ってて、やわらかそうで、素敵なおっぱいや細い腰を持っている生き物がそこにいる、一緒に酒を飲んでいるということが、彼らには喜びになるんだろうなあ。


下心があるとかそういうこと以前に、マスコット的な扱いをしているのでしょう。

純粋に、こどもみたいな喜びなんだろうな。

単純に「女の子好き!」

たぶん男の人の浮気が「DNAに組み込まれている」とか言われるための、根本的なもの。

それを本能っていうのだとしたらなぞだ。。。


それを「女であることの得」とか「女である喜び」と取るか、「・・・めんどくせえなあ」ととるかで、女の種類は分かれるんだろうなw

私は、どちらかというと後者です。

女扱いされると、なんとなく「大人の女」に近づいた気がしてうれしい気もするが、それはひっくり返せば言うこときいてくれる相手としてみくびられている気もするし。

単純に「女の子好き!」なんだな、かわいいな、と思うのだが、ちょっとひねくれて考えるとそう思っちゃうのよね。

だって、飲みの席に女がいるとテンションあがるタイプの男って大体飲み会の席では、セクハラ発言増える気がする。

それって、つきつめれば、性の対象としてしか価値がないものとして女を見くびっているということじゃない?

や、でも、それは極端すぎかな、ちょっと。

それともそういう「みくびっていることになる」ことには気づかず、女を常に性的なものとしてみているという、動物的なセンスの表れなのかしらw

そもそも女に性的な発言をすることが「見くびり」と感じることがおかしいのか?


私は下ネタをかなり楽しめるタイプなので、そういうとき苦労しないけど、そうじゃない女の人は大変だな。

そしてそういう「かわいらしい」女の人ほど飲み会にいると喜ばれるんだよな~多分。

私みたいな動じないタイプは、そのコミュニティに居心地悪そうにしている人を見つけて、ちょっと違う話をするためのアイテムとして飲むのが生き抜く術かと。


まだどの男友達も大体大学生なのに、なんか社会の縮図を見たようでしょんぼりです。

もう少し違う層の集団だとそうでもないんでしょうが、大体居酒屋で大所帯で呑み会してる社会人の団体ってそういう空気だもんなあ。


まあもっと違う呑みかたをする集団に属せる機会を持つと、また見方が変わるかもね!



ところで、私が下ネタを楽しめる理由はなんなんだろう。

他人の目立つキスマークは人一倍目のやり場に困るタイプなのに・・・

性的なことをテレながらのコソコソ話としてではなく、主なこととして笑いつつ割とマジに話せるってことはつまりそれが日常化しているということで、エロが日常化しているということは、自分のイメージしていた大人像にかなっていて、だから、つまり下ネタ=大人になった感慨があるのかも?

だから十分に大人になったら、飽きるかもな。


別に難しく考えることなく、単にエロいだけか?

や、そういうことではない。

だってあんまりエロいと思いながら話してないもん。

逆に、ほんとにエロいって思うことはあんまり話せない。

そう、だから他人のキスマークは困るんだな。

あれ、でもリアルな話してる相手のものだと、普通なんだけどなあ。

矛盾するな・・・


あーこんがらがってきたのでやめよう。