おそれいりますが。

「思想しつつ生活しつつ」。日日是好日。life goes on. 晴れ時々涙。

人の話

他人の話は聞きたくなくて自分の話だけしたい人 って結構いるのでしょうか、もしかして。


私自身は、割と、どんな人の話でも、その人の考えが垣間見える類なら、誰のでもなんの話でも聞くの好きです。

だから、割とそういうもんだと思ってました。

が、しかし。

定期的に話し込まれる友人が何人かいます。

でもいざ、私の話をしだすと、相手はすごくそっけない返答しかしてくれません。


これは私の話がつまらない・・・というか相手が興味をもてない話題なのか、

それとも相手が話したがっているときに、その話がひと段落ついた、と思って自分の話を聞いてもらおうとするのがいけないのか。


一応ひと段落着くまでは、十分に相手の話聞いてるつもりなんだけどなー。


そして、私は最初は「またその話かよ!」って思う人の話でも、いつの間にか、ちゃんと夢中になって話を聞いてあげれています。

でも私が話すときはそういう風にはあまりそういう人たちは聞いてくれません。

彼女らの話をしたがる。私の話は適当にコメントされている気がしてならない。

すごく強く思ったことを私は話しているので、やはり相手がそれを聞いてどう思うのかっていうなんらかの中身のあるコメントが欲しいのです・・・しょんぼり。


聞いてくれる人と聞いてくれない人との差はなんなんだろうなあ。

自分のしゃべり方が、ある種の人たちには相当うざく感じられるらしい、ということは気づいていましたが、仲良くしてくれる人たちなら、私の話を聞いてくれるもんだと思ってたので、ちょっとショック。

でも、タイミングとか、相手の性格とかもあるしな。


人は結局、言いたいだけの生き物なのでしょうか。

そうじゃないよね、コミュニケーションしたいよね!

と信じたい。



まあタイミング次第、あと話す相手を選ぶ、ということでしょうか。




それから、人の話を聞くのは好きなんだけど、どうも自分とことごとく違う人の話を受け止めるとき、もやもやしたまま、はっきりと「それは違うことない?」といえないまま、相槌のようなことをしてしまっている自分に気づきました。

そしてあとから疲れたり、ほかの人にその人のことを愚痴ったりしている。

それではいかん。

本人に言えることは言わなくちゃ、陰口みたいになってしまう。

でも高校くらいから、クラスの中で違和感を感じ、女同士の共感できない話の輪にいることが多かったので、そんな中で、「自分とまったく違う見方で違うと思うので同意はしないけど、話はあわせる」みたいな癖がついてしまっている。

そしてそれを分かり合える相手が、イマイチ高校のときはいなかったけど、今はいるもんだから、あとでそのわかってくれる人に愚痴ってしまうのよね。

よくない。

でも、人に「それは違うと思うよ私は」っていうのってすごく難しいね。

私、よく人から相談されては「本人に説明したらいいじゃん」っていう答えを返してきたけど、実は自分はそれできないかも。

こういうことよくあるんだよね。

他人のことならよく見えるけど、いざ自分が同じ立場になると、自分が他人にアドヴァイスしたようにはできない、ってことが。


だから、いつも思う。

他者とかかわってこその自分

自分の未熟さは他者と真剣にかかわることのない環境では成熟しないだろう


そう思うと、やはり、学問だけやっていては私はいけないんだなあと思って、今していることの意味を少し重く感じられるな。