おそれいりますが。

「思想しつつ生活しつつ」。日日是好日。life goes on. 晴れ時々涙。

直前に後悔

サークルの同期のあちこちで勃発している不具合が、気になってしょうがない。


みんなあきらめていたり切り捨てていたり。


どうにもならないかもしれないけど話し合う、ぶつけあう、ってことを一度もしないままここまで来てしまった。


みんな自分の考えだけを持ちすぎていて、他者の言うことを受け入れられない人が多すぎた。


余裕が無いというか。


いつも忙しい忙しいって空気を出していて、

コミュニケーションしようとしてこなかった。


私はこういうのは苦手なのだ。


でもどうせ彼女に言ったところでどうにもならないだろう、と思ってしまう人が多くて、いう気が失せる。


この歳になってくると、もうその人の生き方のようなものがはっきりしすぎていて、

なにか、気に入らないこと、もっとこうしたほうがいいと自分が思うことを述べることは、

誰かの生き方そのもの・人格そのものを否定することであるような気がして、

言うことができない。


それが彼女・彼のやり方ならば、もうきっと固定されてしまって、言われたところで気づいても変えないのかもしれない。


言ったってどうにもならないのではないどころか、時間の無駄だとされて自分をより低く評価されてしまうのではないかということと、

あと少しのところまで来たのだから、もう黙っていてやり過ごしたほうがいいのではないかということが、

言わせなくしている。


私ももしかしたら「キミには言ってもしょうがないじゃん」と思わせているのかも知れないな。

そう思うと自分の考えを表明しすぎるのも、人との向き合うことへの障害になっているかもしれない。


いったいこんなとき、どうすることが一番いいのだろうか。


もっとみんなとあがきたかったなあ。


あがけなくさせたのは、時間か、仕事量か、今期集まっていた仲間の性格によるところか、距離か。


そんな話をもっとしたかったな。

でも、口を開けば「今」についての愚痴しか出てこないことが多かった。

もっと生産的に語り合うことはできなかったのだろうか。


理想を語れない、今の愚痴しかいえない、そういう未熟さをたくさん持っていた子の影響力が大きかったともいえる。それは人のせいにしている?

でも私は、自分が仕事量でいっぱいいっぱいにならない分、いっぱいいっぱいになって愚痴しか言わない子の気持ちを前向きにさせる役割を担いたかったんだ。

でもそうはさせてもらえなかった。

仕事を分かち合う人としか彼女や彼らは愚痴らなかったから、私が口を出すことすら、迷惑そうだった。

どうしたらよかったのかなあ。


こんな気持ちで最後まで、本当に歌いぬけるのかな。



私はやっぱり、あきらめや切捨てや愚痴だけで物事を片付けようとする人とやっていくのはしんどい。
でもそれを自覚したからといってどうなるのか?
私のいいと思うやり方にしようよ!って彼女らを仕向けるの?

それが通用しないからこんな風になったんじゃないのか?


泣いても笑っても、中心年次としての演奏会はこの一度きり。