感傷
「ハチミツとクローバー」を、久しぶりに全巻通して読み返した。
なんておとな向けのマンガなんだろう。
よしながふみ氏と羽海野チカ氏の対談を読んで、そこに「ハチクロの登場人物たちは、自分が生きていくためにお金を稼ぐための仕事がどれだけ大切か、わかっていて、どんなに自分の仕事以外の面がダメダメでも、仕事だけはきっちりやる」という話が出てきて、それが際立って見えているせいもあるけれど。
最初から最後まで通して読むと、長い、長い物語が見えてくる。
そういう構成がまずすばらしい。
さらにそこに描かれていることが・・・嗚呼。
長い、長い、物語の中で、登場人物たちは、本当に強くなっていく。
みんな、自分の心に正直に生き、それでいてお互いをいたわることを知っていて、そのために自分がしなければいけないことを知っていて、きちんと果たそうと戦っていく。
持つ者と持たざる者についてのくだりとか、本当に胸にくる。
私は、自分を持たざる者だとしか思えない。
この部分の話に決着はついていないように見えるのだ。
ただ、持たざる者だと自分で思っていても、そういう自分でも愛してくれる仲間がいることに気づければ、もっと言えばそういう仲間を見つければ、持たざる者でも、どんなに誰かがうらやましくても、生きていける、といっているのかもしれない。
私はだれなのか? この根源的な問いに私はまだ答えられない。
自分の心に嘘はつきたくない、自分の心に正直に生きていきたい
ただし、それがどんなに苦しいことなのか、まだよく知らない
他人と比べず、しかし自分の納得できることを尽くして、日々を過ごしていこう
林檎女史が、10周年記念アルバムを出すらしい。
裏ベスト的なもののようなので楽しみ。
私はことあるごとに林檎さんに惹かれている。
あと最近気付いたのは、aikoにもことあるごとに返ってること。
J-POPの棚をこまめにチェックしなくなって久しいけれど、この2人の作る楽曲にはたびたびハマるような…なんなんだろうなあ。
詞も音も、気持ちに沿うのだよ。
苦しさ をいつも救われる。
救われる唄を見つけさせてくれるんだよなあ。
哀しい苦しさの唄 をたくさん作っている人たちだからか。
久しぶりにクノールの「スープパスタ」シリーズ、「きのこクリーム」を食べている。
不意に味が恋しくなって、何年かぶりに手にしたのだけど。
受験勉強していた頃の風景がよみがえってきて、驚いた。
高校3年だったか、浪人だったか、もう定かではないけれど、寒い季節によくこれを選んだんだ。
寒い季節に、見えない層となって襲ってくる不安や、息苦しさ、そういうものを抱えながら、これを口にした。
その感覚がぶわって、きたんだ。
さっき高3だか浪人だか定かではないと思ったのだが、おかしなもので、次第にはっきりしてきた。
どちらかというと現役のときの冬の情景のほうがはっきり覚えているのだ。
制服でこれをすすっていた頃のこと。これとともに思い出されるのはそのときの空気。
なのに、そこから戻るのは、浪人の一年間のこと。
けして戻りたいなんて思わない暗く冷たい1年間だった。
だけど、本当に大事な1年間でもあったのだ。
けして戻りたくないけれども、けして忘れたくない時間。
なぜそんなに大切なんだろう。
美化されているのか?
理由はよくわからないのだけれども、あの1年はどうかして、私の中で暗くて冷たく光る石のようなものとして残っている。
やはり、くるしいときを救ってくれるのは 本 と 音楽。
小説やマンガが私を連れ戻してくれる。
そしてそのあとの、友との語らい。
これらがそろうと、私は、また、現実を生きていける。