おそれいりますが。

「思想しつつ生活しつつ」。日日是好日。life goes on. 晴れ時々涙。

サークル

あれ。。。こないだ記事も更新した気がしてたんだけどな

消えてる・・・まあいいかなにかいたかわかんないくらいだしw


学祭です。

どうもジャズのほうのサークルにいると、自分が「イタイ子」になっている気がしてならない。

「異質」というか。。。


うまく話に加われないし、下の人たちにうまく話題を提供できないって感じる。

なに話していんだろう・・・って。

あと、終わった後で虚無感が・・・

あああ。


でもそれって、全然もう音楽としては関わってないから当たり前なのかな。

自分だけは親しさがみんなと違うっていうか。


あとは波長が合わないってやつかな・・・。


うーん、こういうこと考えてるからなのかもしれない。

もっと話してみたいなって思う人はいっぱいいるのに、どうやって話すのかわからんっていう・・・


でもじゃあなんで話してみたいって感じるんだろう?

あ、自分でその相手を見て、何かイメージを作ってるんだ、たぶん、うん。


だから近づきたいんだけど、近づき方がわからないっていうね。

うおーどうしたらいいんだー


自分をもっと出せばいいのか??


自分の考えを、はっきりと示すのって、難しい。


なにか手伝いをがんばりたいってことは、自分のがんばりを周りに示したいってことなのか。

それって周りからみたら「そんな焦ってんならこなきゃいいのに」って感じなのか。


自分には気づきが足りない。

テンパっちゃって、ぜんぜん段取りできなくなるんだと思う。


しかも昔の経験で自分は段取りできるはず、という思い込みがある。

しかも段取りできる人のほうが立場が上、優秀だ、みたいな思い込みがある。

だから「段取りできない、指示されなきゃ動けない人=バカ にはなりたくない」という思いがあって、

それで気負ってしまって、気負うと冷静でないから自分のパフォーマンス効率は下がるという・・・


でもほんとは自分は指示を出されてその仕事の範囲でやるのがスキだし向いてるのかも。

自分の判断に自信がもてないから、判断したくなくて、つまり責任をとりたくない。


と思ったけど、もり、自分で自信を持って一番いま正しいと思ったことを主張できるようになれば、

気負うことなく、いつでも冷静になれれば、

もう少し「使える人間」になれるのかもしれない。

判断に自信を持って、指示を出す側に。


でもそういや、指示を出す側に立つ必要もないんだよね。

各自仕事見つけて動け、ってときもいっぱいあるもん。


でも、そこで、重要な仕事を自分で見つけるのって難しい。

無理やり些細な仕事を率先してやってるみたいなきがして、それは別に不可欠な仕事ではないのに、

自分が仕事してることを示したいからわざとやってる、みたいな気がしてキモチワルイ。


でも、誰かが細かく把握して統括する場でないいわゆる「各自判断して動け」という場では、

そんな些細な仕事だって気づく人がいなければ進まないから、

それはそれでいいのかもしれない。

みんなが些細な仕事をいろいろ考えてやることで、学祭の片付けは進むのかも。

それは、誰も見て無くても、その誰かがやらなければ、今の状態のように終わらなかった仕事。

仕事に大小があっても、優劣はないのかも。

私はそれを優劣や賢愚と捉えすぎていて、しかも劣・愚になりたくないって思いが強すぎる。

それこそアホだ。愚かだ。


あとは、決まった範囲での、

完全に自分のやり方、最善と思うやり方でやってよければ、

自分は最大の効率を発揮できるけど、

人の考えを伺いながらとか、苦手なのかもしれない。

上にも書いたように、自分の考えを正しいと自信がもてなくて主張できないから。

でも相手の言うとおりにしても自分としては「自分のやり方のほうがいいんじゃ・・・」と思ってるから、

もやもやするし。


あー、こういうのって、でも経験値だよね。


いかに、人と何かに取り組んできたかとか、

いかに、いつも自分が何かを判断するときに最善かどうかを徹底してるかとか。


そんなん年とるしかないやん!

あと、自己満足でも自己犠牲でもないスタンスで、集団行動に取り組むか、だよな・・・


難しい。

考えててもだめだ!

やらなきゃ!