おそれいりますが。

「思想しつつ生活しつつ」。日日是好日。life goes on. 晴れ時々涙。

必要なのは

今のわたしに必要なのは、思いっきり自己陶酔して、自己憐憫?に浸ることかも。
客観性を持てとか、人がどう判断するのかをいつも考えてないといけないとか教育されすぎて、
あと同級生からどう見られてるのかとか、嫌われてないかとか、気にしすぎて、自己陶酔を忘れていた。
忘れていたというか、いけないことだと思っていた。
だから封じ込め気味だった。
でも、それが一番必要なことかも。

だってだれもひとの自分語りを心から受け入れたり、聞いたりしてくれないもの。
親でさえも。
だいたい、聞いてくれたとしても、


わたしにいま足りないのは、徹底的に自分と向き合うことだ。
できないこと、やってきてしまったこと、それらすべてを含めて自分だと認めること。
…たぶん、年相応に見えるだめじゃない最低限のことできて最低限の人として大切で必要なことを、知っているように見える周りの人たちは、それが、自分を認めることが、できているから、
わたしの目に「だめじゃないひと」と映る。
…なぜだろう?なぜみんなにはできて、わたしはできないままきてしまったんだろう。

…それは、みんなは自分のことだけでよかったからだ。

わたしは、そうじゃなかった。

どこの家庭にも大変なことや、見せないで頑張っていることなんてあるから、うちは特別ではない。
そう思って自分の甘えが決壊して言い訳まみれにならないよう止めていたけど。

違う。少なくとも、私にはこうして影響が出ている。
うちは大変だった。
私は、それを必死に、支えてきた。
誰も悪くないけど、たいへんだった。そしてわたしは、
守られてるだけの子たちより、離婚家庭の子たちより、
より複雑で世間から見たらわからない形で、
護ってきた。支えてきた。

あー椎名林檎のカルキが、効く。
落ちるときに、より暗い曲でドンドン落ちるのがいいって
いう人たちの気持ちわかる。
ダークサイドとか言っちゃう人たちの気持ちわかる。
そうやって自己陶酔することでバランスとってるんだね。
高校の頃のわたしはそうだったかもしれない。
八方美人したい身としては、陶酔しきれなくて、だから太ってバランスを取る。
だから、意図的に陶酔するのが必要。
それを他人を使って(話すとか)やっちゃうと、先生みたく怒り心頭だけど。
一人でやるなら勝手だもの。
誰にも嫌われるとか迷惑かけるとかどう思われるかとか、心配ない。
それが他人の前でも出ちゃわないかは心配だけど、どうせバランス悪いのはばれちゃってるもの。
どうせ「いたいやつ」なのは、出ちゃうんだもの。
だったら、自分で自己陶酔することでバランス取って、それがちらっと見えて「いたい」ほうが、
得っていうか、いいじゃないの。より自分を好きでいられる。
自分を好きでいられることを基準にするのっていいな…。

ずれたけど、とにかくわたしは、ちいさな頭とココロで、がんばって我が家を支えてきた。

自分のことだけ考えてればいいはずの思春期を、
自分のことだけ考えていながら肌で自分の役割も感じていた。
そうやって、父と母の精神を支えてきた。
私が、いま甘えとプライドを捨てきれず、経験値低く思考停止気味で、
なのに受け売りの知識ばかり大きくて…

きりがないけどとにかく、今の嫌な自分を、作った原因の大きな部分である、「優等生できた数年間」は、無意味でも無駄でもバカな面だけでも、なかった。
父と母を、支えてたはず。
例え、母のリウマチを防げなかったとしても、
父の糖尿を防げなかったとしても、
殺さなかったじゃないか。
わたしがぐれてたら、事故に合うほど疲弊させたりして、
コロシタカモシレナカッタ。

そんなうまい言い訳(笑)という、アクマの囁きもきこえるが、
いや、こう思うことにする。
おもいこまないと、自分を支えられないもの。
自分だけが大変なんじゃないと思う。
でも、自分に取っては大変なのも、事実だ。
だったら、自分で慰めながら、自分をつくっていくしかないじゃないか。
誰も褒めてくれないし、誰も許してくれない。
守ってくれない、支えてくれない。
そんな風には、ひとはできてない。あたりまえ。
だったら、自分で褒めて、許して、守って、支えていくしかないじゃないか。
…それが、自立ってことなのかな?
や、わからんけど。

あー、山崎先生に話したいなあ。
誰か、わたしの話を聞いてくれるひとには、いつか、うちの大変さを話したいけど、
聞かれない限りは話さないもの。
こういうことはじぶんから言うと、それだけでマイナスにとられちゃうから、
泥酔したときにしか話せない。
だから、今のところ、山崎先生にしか話せない。
お礼がてら、言いに言って、カウンセリング再開しようかなあ。
就職までに、ある程度整理しておかないとやばい気がする。。。

両親には、わたしが支えていたって、言って欲しいなあ。
しみじみ言われて、聞いて、泣きたいなあ。
「わたしはさあ、子どもで、未成年で、家族の中では守られる立場だったけど、
でも守られてるだけじゃなかったよねえ?
目に見える形では、ぐれなかったことで、父と母を支えていたよねえ?」

無意味じゃなかった。



子どもで、守られる側だったけど、守られてるだけじゃなかった。