キーワードは真摯さと切実さ
とある神経分化の研究をしているラボのHPを見て泣きそうになった。
「患者さまからのお問い合わせに関してのご返答」のところの、切実さと想いの強さに。
患者も、研究者たちも、とても真剣で、切実に毎日を生きているのであろう、と推測されて、
その切実さが、胸にせまってきて、涙が出そうだった.
まだ再生医療のはじめの一歩でしかないということ、人体実験できるのははるか先であるということを、一般の人に
伝えなければならない苦しみに漂う切実さ。
絶望を再び与えるようなものだろうから。
そしてその先にある患者を助けなければという使命感のようなものの切実さ。
1日でも早く治療法を見つけてほしいと願っている患者とその家族の、日々の苦しみと必死の願いに満ちている切実さ。
最後の、患者サイドからの研究協力への申し出と想いは研究の重要性を再認識する機会として心に深く受け止めており、確立されて臨床実験になる際は必ずうちから公表するから、という部分は、それらが凝縮されすぎている。
そこの文章の言葉使いに、あふれんばかりの気持ちがこもっている。
ここだけで、ほんとうに涙が出てきてしまった。
胸にせまってくる。
どれだけの脊髄損傷を抱える患者とその家族が、一縷の望みとして、ぎりぎりの毎日の中で、このラボに臨床試験を自分でやってくれと申し出たのだろう。
それをこのラボのボスは、どんな想いで断り続けたのだろう。
それが、のどの奥がキューッとなるような身体感覚として、想像された。
そこに満ちているであろう切実さに、鳥肌が立った。
そして、そういう申し出を一度でも聞いてしまえば、必死になって毎日の実験に向かうだろうと思った。
さぼることなんてできないだろう。
1日でも、1分でも早く、この人たちに成果を伝えなければ。
ラボにはどれほどの切実さが満ちていることだろう。
どれほどの痛みを抱えて、実験を続けるのだろう。
そういう想いに突き動かされて仕事をすることが、人間らしいと思う価値観を、私は持っている。
わたしも、そういう想いに突き動かされて仕事をしよう。
・・・でも単に、お涙ちょうだいに弱いってことかなあ。。。
というより、真剣さや切実さにぐっとくるんだと思う。
それが好きだから、感知した真摯さの断片を増幅して、より大きく感じ入るのだろうなあ。
好きなものには、甘いってことね。