おそれいりますが。

「思想しつつ生活しつつ」。日日是好日。life goes on. 晴れ時々涙。

宇多田ヒカル

宇多田ヒカルの歌詞って、超!内向的なのが多かったんだなあ
暗い、というか。

今まで、「はやりもの」みたいな目でみて、あまりちゃんと聞かずに来たのを少し後悔。
deep riverというアルバムは大好きで、浪人期によく聞いたけど、それ以外はあまり聞かずにきたんだよね。

もう少し早く出会ってればすごく助けられたかも。

でも今が合うタイミングだったから、こんなに響くのだと思おう。


しかしこの歌詞を、この若さで書くなんて!

でも若さ故、か?
そんな気もする。
こんなに内向的ー!なことを言えるのは、若いときに自分に向き合ってこそだろう、という気もする。
歳をとってくると、もっと外に影響を、周りとの関係を、と思い始めて、自分のことは後回しになるようなイメージがある。
ぐーっと、自分の内面に収束してるのは、10代の特権というか、若者の特権、というように思う。
それは二十歳の清竜人というアーティストの歌詞を見たり、bumpの歌詞を見たりして思うことだけれど。

でも「自分に収束していく中でこそ言える内向的な歌詞」にしては、独りよがりじゃないところが、「こんな若さで!」って思う理由。
独りよがりじゃない、というのは、とても苦しみを表した「内向き」な印象の歌詞なんだけど、自分だけが苦しい、助けて、という印象は受けない、という意味です。

とあるひとのブログで「楽しさも苦しみも彼女の歌詞には彼女のリアルがある。」というようなことが書かれていたが、たしかに、リアルだよなあ。
普遍的なリアル、があるから、こんなに流行ったのだろう。多くの人の感情の断片に、ひっかかるんだろうな。
aikoの歌詞に、恋愛感情に関してものすごくリアリティがあるって感じるのと似ていて、内向きの感情を表す歌詞としてのリアリティがずば抜けてる感じ。
(リアリティがずば抜けてる、って変な日本語か。想像ではなく体感したんだろうな、という現実感がものすごくあるという感じ?そして自分もそれに似たものを体感しているから、ものすげー共感する。たぶん日本中で多くのひとが、似たものを体感していて、だから広く普及するんだろう、ということ。)

活動休止は、寂しいけれど、きっと帰ってきたら、その間に感じたり、考えたりしたたくさんのことをまた歌にしてくれるだろうと思うので、その間に、自分も彼女においていかれないようにたくさん経験しておこう、と思います。
別に、必ず帰ってきてほしい、新曲を聴きたいとか思わない、彼女自身が幸せになってくれればそれでいい、ってあのひとが言っていた。

けど、わたしは、そうやって、幸せになった?彼女が、どんな音楽を産むのか、聞いてみたい、って思うんだ。

ただ、幸せになったらもう歌を作ったり、多くの人に聞かせたりする必要がなくなって、私たちには公開されなくなるかな?とも思う。
私は、インタビューやtwitterや歌詞を見る限りでは、彼女の歌は自分の痛みや苦しみと向き合うことで産まれてきているって感じるから。

でもたぶん、これだけ音楽と生きてきた彼女なら、たとえ「人間活動」をメインにしたとしても、
音楽から離れることはないだろうから、ずっとどこかで歌はでき続けるんじゃないかなあ、と思うのです。
そして、これだけ音楽と生きてきたからこそ、いつかまたそれを聴きたい人というがいるなら聴かせたいと、思うんじゃないかなあ?

だから、音楽を売る会社との契約とか、経済的な条件が彼女の望むように整えば、
そのうちまた、私たち一般人も彼女の歌を聴けるのではないか、と期待します。

うん、ぜひ、これからも聴きたい。
彼女が何を感じて、どう考えていくのか、ずっと見ていきたいなあ、って思います。
でも、それが負担になるようだったらいやだなあ。。。
なんて、なにを友達のようにやってるんでしょうねw
にわかファンなのにねー。
でも、なんか、友達を応援するみたいな気持ちで、
たくさんやりたいことをしてね!!って思います。
わたしもがんばるから、おまえもがんばれよーってかんじ。
まー、2歳しか変わらないということもあるんだろうなー。
(もっと年上の林檎さんやaikoなんかは、ちょっと、おねーさま、という感じで見ている。)