旅行してみて
昔なじみと車で旅行してみて、また会う日まで、と別れて。
日常に戻って、日常を超えていくのです。
毎日のことが自分をつくるのです。
と、思った。
わたしは、やはり、自分が素敵と思う相手にとってはいまはまだ面白くないかもしれない。
それを変えるのは、自分の毎日の過ごし方だから。
『二年あったら相当なことができるよ』と言った彼は。
わたしは、自分の中身がないから、個性的な人と仲良くしたいと思うのだ。
自分がいいと選ぶアイテムも、少し個性的。でも『◯◯風じゃん!』という域を出ない。
こう見られたいと思うのは、賢い女の子。
自分で選んで、決めて行ける女の子。
ただ、今は、そうでない自分を隠すために服や髪型も選んでいるのだとおもう。
自分が決めていければ、実は、そんなに気にならなくなると思う。
素直にかわいいものを選べる。
使い心地とデザインの両立した道具を愛せるとおもう。
そういうところが、中途半端で嫌だ。
あの人には、そういうのが見透かされてる。
だからつまらないと言われた。
小さくまとまっていると。
だから、わたしをいいと言ってくれるのは、あのせんせいや、あのせんせいくらいの、ほどほどに個性的な男の人なんちゃうかな。
ただ、あの人も、イケイケの時はいいけど、それをやり続けると、疲労困憊してきて、
そうなるとわたしに会いたくなるんだとおもう。
前に別れた後もそうだった。
今は、休みも多くて、エネルギーがチャージされてきたんだよ。そして、自分の中がいろいろ決まってきたらあの子がよくなる。
大きな波で生きている人に見えるからなあ。
あの子が癒しも作れるように変わったなら、もうわたしは必要ないから、ほんとにわたしからしか会えなくなるし、本音を聞けることもなくなるなあ…
でもそれは、仕方が無い。あの人にとっては幸せなことだ。
だって、運命の女の子が曲がっていたのが、自分といて、やわらかくなったんだもの。
全てを半分預けられるんだもの。
それは、傷ついたあの人が、救われるかもしれない道の1つ。
それをわたしがしたかったけど、わたしはまだわたしのことで精いっぱいだから。
ああ、好きだったなあ。
今でも好きだなあ。
だけど、いまのわたしじゃない。
わたしは、何をしたいか、
どうなりたいか、わからないけど、
わかっているのは、このままでは自分も嫌だということ。
昔からしたいと憧れていたことをしよう。
中学のときから憧れていたことを思い出した。
毎休み図書館行こう、勉強しよう。
幸い、論文や本の読み方は知っている。
そして、在野の研究者、みたいになれたらいいな。
思想と生活を表裏一体にして、深みのある顔をした、きれいな女の人でありたい。
結婚と出産は、しばらくいいや。
自分ってなに?とか、
自分を超えていくこと、とか、
そういうことをしてみないと、
このままで毎日生きていって歳をとってしまうのは、怖いわ。
わたしじゃなくて、あの人なら、◯◯ちゃんなら、と考えてみるとかね。
そしたら、いつかこれはって人にであえるんじゃないかなあ…
顔にあらわれるから。
それまで、どうしても寂しいときは、身体をあずけられる男の人に頼ればいいよなきがする。
自分はどうしていきたいか、
自分を、超えたいとか、
日常を楽しむことや、
丁寧に動くことで周りをコントロールすること、
人の話を吸収すること、
たくさんのことを教わった。
ありがとう。
面白いことに気づいたのは、わたしにとって、今の自分に満足しているように見える人は魅力的じゃないんだな。
夢とか理想があって、ギーっ!ってなってイライラしてるところが魅力的なんだな。