おそれいりますが。

「思想しつつ生活しつつ」。日日是好日。life goes on. 晴れ時々涙。

やっぱり涙が出る

やっぱり涙が出る

これは、恋の渦中を抜け出しそう自分に酔っているだけ?


逃げとか、逃避、という言葉は違う。
甘えとかも。

逃げても現実、
考えないようにするのも現実。

起きていることはすべて正しい。

あるがまま、なるようになる。

それを受け入れることに、多少の時間やお金や涙を必要としても。

その上で、何かを作り出せる誰かとつがえれば素敵だ。


でも、しばらくは、無理だな。

わたし、こんなにあの人のこと好きだったんだなあ。

好きだった。

過去形?

涙が出るのは、

早くも過去形にできそうだから?

それとも、

過去形にしなければ自分が立っていられない
その状況、つまり彼がもう私のことは好きじゃないということに?


後者かな。

わたしは、こんなにも好きだし、
彼の側で、いろいろなことを感じて、わたしのままでいきたかった。
そうやって二人で歳をとっていきたかった。

だけど、わたしは彼の側では、
無理をしてしまう。

わたし の決断がどこかにいってしまう。


浪人のときにも、
就職した後も、
何度も同じ結論を出している私。

今日、中学の同級生の結婚式のスピーチを考えようと思って、
日記を読み返していて、思った。


やればいい。

それを、すぐ忘れる。

同じことを言ってる。

しかたないね。

けど、そういうこともあるよね。

そうやって、生きて行くのだろう。

思想しつつ、生活しつつ。

自分の手の届くところしか考えられないから、
わからないけどね。

自分の深いところを見たいような、
深いところってどこ?ってような。

世界を見ることと、
自分を深めることと・・・
どうつながっているのだろ?

自分を深めることと社会に対して何をしたいかということ。

趣味と仕事を分けるのも
仕事に人生をかけるのも、
なんだか違和感がある。

人生の中に
自分の感情と行動がある。
それを刺激するものとして
仕事とか、家庭とかがある、と思う。
(そんなんで子ども育てていいのか?とは思うが・・・0

仕事がすべて、って、仕事がおもしろいことはいいことだ。
だけど、それと自分が感じること、考えることを重ねると、変だ。

自分を持つ、って、
世界を色分けしていくことのような気がする。

私は、思考停止しがちだからなあ。
この人が好き、と思うと、すべて受け入れたくなる。

でもそれでは「わたし」はどこにある?

人生の中に感情と行動がある。
それが仕事という形で刺激されて
自分の頭の中がいろいろになって

または恋という形でいろんなことを思って
自分の考えというものが出てきて

・・・?
それで?

毎日が過ぎるだけ?
うーーーーん。

なにかの拍子に、はっとすることがあって。
それをフムフムと思って。

そんなにそのチャンスは多くなくて。

だから、その光るハッとするチャンスを見れるように
毎日を準備しているってことなのかな。

うーーーん。

あんまりこういうことを人と話すもんでもないしなあ。
かといって
しょうもない話ばっかしててもおもんないしね。

とりあえず、そういう話をできるように、もっていくスキルは欲しいかな。

「とりあえず」の見よう見まねの会話はしない。
わたしの聞きたい話を引き出す。
例えば・・・それぞれの最近の仕事のエピソードとか。
好きな映画の話とか。
小説の話とか。
スポーツの醍醐味とか。
でもそんなもん言葉にできるのかな・・・

そうすると、人と会う意味なんてわからないな。
ただ時間を一緒に過ごす。
そうして寂しさを紛らわせるのかな。

紛らわせるほどの時間はないような気がするな。

そうか、1人で閉じてしまうことを回避してるのかな。
いろんな価値観を見ることで。

どうしたらいいかわからないけど
このままの「わたしはこう思う」を続けているのは
よくないってことしかわからない

こんな感じのままで子どもをもったらどうなるのかな
目がひらくのだろうか

わたしは、
わたしが生きているということを示したい のか?
それじゃあの人と言ってることが同じだ

それじゃつまらないじゃないか

だけど、考えれば考えるほどあの人の言ってることを受け入れてしまえる。

でもそれはわたしが思った言葉じゃない。

それじゃだめなんだよ。

うーーーーん。

自分に酔ってるのか?

視点を変えてみよう。
これを話したら、たとえば、あの友達ならなんて言うかな?