自分の幼少期の記憶
紺さん(@aky_synes)のツイート を読んで思った。
わたしは小学校2年生くらいまで「嫌なこと言われた」とか、お友達の中で出て行くのに戸惑う、みたいな記憶がない。幼児期は、どちらかといえば大人の言うことの理解が早かったので良い子扱いされていたし、またひとりっ子で自分が発言したり行動することに躊躇する理由がゼロ(常に自分は家族の一員としてカウントされ注目浴びている)だったことから、自分の価値に対して疑問を持つことがなかったんだろう。
2年の終わりくらいから、女子はグループを作るようになり、それが苦手でフラフラして、違和感を持ちつつ4年はたのしみ、5年で仲間はずれを経験し、傷ついた。所属していた町内会のスポーツチームの子たちとも、少し自分だけ距離があるように感じていた。「なんとなくの疎外感」。自分だけ宇宙人のような、周囲が楽しんでいることを共に楽しめない自分を持て余していた。
今思えば、読書が好きで90年代のテレビの悪ノリが肌に合わず、大人になっての運動習慣としてジムやジョギングよりコンテンポラリーダンスを選んだ私なので、図書カードの記録は年間数冊で、スポーツ好きだったり、テレビの真似で盛り上がったりする子たちとは、当然ノリが違うに決まっている。
つまり、単に「ノリが違う仲間とうまくやれない」「わたしだけがテレビより本が好きだった」ということなので、当たり前やん!と思うのだが、当時は結構、この「なんとなくの疎外感」に傷ついていた。
今思えば、現在、会社で同僚とランチするときみたいな感じで、やわらかく、当たり障りがなく、でも自分も興味持てる話題でゆったりその時間だけは過ごしておけば良いのよ、と思うのだけど、当時は学校と家とスポーツチームが全てであり、
何事も、自分の興味のストライクゾーンが狭く、しかもそれが全てで、やわらかくできなかったのだ。
なので、その後の人生において、この小学校中学年ー高学年でのつらい経験が尾を引いている。それまでの幼少期は特に社会に対して自信を失ったり怯えたりしないできたんだな。
すごくずっとつらかった気がしていたけどそんなことはなかった!!解像度あがった!!
自信あったのに、小学5年で仲間はずれということで、初めて自分の行動を問われるかたちになり、しかもデカめのやつで、傷ついたんだろうね。
なんとなくの疎外感があったから余計に自分が悪いのか?と思ってしまったんだろうね。
