祖母のドライジン、独身の先輩たちのマイライフ 私のライフスタイルへの影響
いまから10年ほど前、2011-15年くらいの頃。
1980年代に祖父と死別して以来、独居だった昭和ヒトケタ生まれの祖母が「身の回りのことを放置してもっと自分のやりたいことをしたい」と望んで、健康な時に入る老人ホームに入った。奇しくもそこは私が会社員になって転居したところから近く、他県に住む私の両親より、私の方がご近所さんに。
祖母の元に通いやすくなって、ときどきホームのお部屋にお邪魔してお茶していた頃があった。
元の住まいにはもちろんいろいろ置いてあるままなのだが、「お気に入りだけを持ってきたのよ」というこのホームのお部屋には、香蘭社やオールドノリタケ、ウェッジウッドの器たち、クリスタルガラスのタンブラー、ワイングラスとカクテルグラス、お抹茶茶碗。
家具も、控えめながらクラシカルなヨーロッパ的装飾のある美しい木製の書棚、同じシリーズのワゴン、上記のグラスや食器が収められたカップボード、それから機能的な子引き出したくさんのチェスト。
長年の祖母の好みが集約された、独り暮らしの機能的且つ麗しい部屋である。
ある日、楽そうだけれど素敵なワンピースを着ていたのでいいねというと「これはおじいちゃんがいたころに作ってもらったものよ」とのこと。
当時で20年前のワンピースである。
そしてある日「こういうのは飲まないかしら?」と冷凍庫から出てきたのは、なんとアルコール40度のドライジン。
それも、パッケージが、当時ですら見かけなくなっていたかなり平成初期〜中期のデザインで、残量は100ccくらいだった。(平成初期の実家で、よく見かけていたので古いことがわかった)
おそらく15年くらいかけて残り100ccになったと思われる。
祖母は、
「金曜日の夜はね、お風呂から出たらね、小さな綺麗なグラスにすこーしだけこれを入れてね、冷凍してあるフルーツを入れてね、すこーしだけ楽しむの。音楽をかけてね。一緒にね、こうしていただいたチョコレートケーキなんかもね、小分けにして冷凍してあるから、それを少しずついただくのよ。」
とちょっと悪い顔で教えてくれた。
なんて豊かなんだ!!ファンキー!
と20代のわたしは衝撃を受けた。
80代、夫と死別後20年、「身の回りのことを放置してもっと自分のやりたいことをしたい」とはいった老人ホームで、亡き夫が買ってくれた当時のワンピースを着て、お気に入りの生活用品だけに囲まれて飲む、15年間、金曜だけちびちびやるドライジン!!
豊かすぎるだろ!!!
その上このおばあちゃんは、子供たちからの仕送りを受け取らず、自分の資産運用と年金だけで生活していた。。。
やっぱり豊かすぎる!!!!!
働き始めたばかりで、ジタバタと目の前の業務に追われ、食事を抜いたり徹夜したりやけ酒したりしていた20代のわたしは「こういうのを豊かというんじゃないのか?わたしもそういう、自分の気持ちの良い暮らしをしたい…!」と強く思ったのだった。
そうしてそのあとしばらくして、私は、手に入れる生活用品について、「安ければ安い方が良い」ではなく「手の届く範囲であれば、値段だけでなく、より気に入った方を買う」ことを実践し始めた。
さらに自分のために、さっと食事を整えたり、1人で家で気に入ったお酒を飲んでくつろいだりするようになるのは、もう少し後なんだけれど。
「暮らしの中で自身を大切にする」「豊かな暮らしとはなにか?」という価値観をつくってもらった出来事であった。
こんなふうに、いろんな年上の女性に「暮らしのたのしみ」みたいなものを見せてもらっては衝撃を受け、少しずつ真似してみることで、私のいまの心地よいライフスタイルは少しずつできてきたなあとおもう。
他にも、旅行に行くためのお金を優先するから毎日お弁当だと言っていた30代だった先輩からは、部屋で安いワインを飲む時もワイングラス、基礎化粧品は香りを好みのものにする、職場のデスクにはお気に入りの香りのお茶を何種類か置いておく、彼氏にはうんと好きを表現して過ごす、などを見せてもらったし、
同じマンションの1階にお住まいだった画家のマダムからは、夕暮れどきに窓を開けてバイオリン協奏曲をかけながら作業をする良さ、ドアの中にお気に入りのポストカードを貼っておくこと、なんかを見せてもらったな。
大学の先輩には、手早くおいしい夏の食事(薬味ときゅうりをたっぷり刻んで豆腐に乗せてポン酢、まぐろのたたきをごま油と塩で和えてご飯に載せる、ほかにもいろいろ)、布を部屋のあちこちにかけることで自分の好みの雰囲気を作ること、
友達のお姉さんからは、古くても広いベランダがあって空が見えるマンションを選ぶこと、キッチンには窓があると良いかも、調理器具や水回りは全部道具を吊るす、気に入った絵画のポストカードは部屋の桟の上に並べて貼っていく、
などなど。。。